
田尻哲也会長は、いつも「目的」を見つめる人だ。2009年の社長就任以降、ダイヘンの売上高は二千億円台へと右肩上がりのグラフを描いている。しかし社員の数は増やさない。会社を大きくすることを目的とせず、お客様や社員など会社を取り巻く全ての人々に喜んでもらうこと。そこに、彼の経営の芯がある。

原点は幼少期にあった。「ちゃぶ台のある畳の部屋で、父は『十二人の怒れる男』や『アラバマ物語』など、毎週テレビの映画番組を僕に観せました。正しさを貫く数々の名作に感激しました。観終わったあとは、いつも少しだけ沈黙が残る。父は感想を求めることも、講釈を垂れることもありませんでした。それが、よかった」。この沈黙は、田尻少年に「物語を通してほんとうに大切なことは何か」を考える力を身につけさせた。
その力は、創業者の小林愛三氏と五代目社長の小林啓次郎氏の精神に通じている。愛三氏は、ヘンリー・フォードの「産業の真の目的は、この世を良質で安価な生産物で満たして、人間の精神と肉体を生存のための労苦から解放することにある」という考えに感銘を受け、会社を興した。息子である啓次郎氏の結婚披露宴では、当時〝ベンチャー仲間〟だった松下幸之助氏が新婦側の主賓としてスピーチに立ち、「大阪変圧器(ダイヘン)さんは、会社を大きゅうせんとこう、せんとこうと経営してはるみたいや」と冗談めかして語り、会場を笑いに包んだという。その言葉に、愛三氏はにこにこと頷きながら「そうやそうや」と応じた。
啓次郎氏も、愛三氏の「企業は規模ではない。世の中の役に立つものをつくることである」という理念のもと、「会社はええときも悪いときもあるよって。一喜一憂せんと、社員の生活が第一や」という志(パーパス)で万事に取り組んだ。
二人の志を継承した田尻会長は「みんな(ステークホルダー)の幸せ」を目的に掲げた。それを単なる〝床の間の掛け軸〟で終わらせないための「幸せの目標値」を定め、具体的な数値目標を明示。株主には配当性向を明示して安定配当を約束し、社員には「3回目の賞与」を支給、現場ではロボットに任せられる作業は任せ、ヒト・社員はダイヘンならではの製品を創りだしお客様に提供した。
EV充電器、再エネ関連システム、FAロボットの事業拡大などにも挑むが、流行を追うのではなく、基準は常に、世の中の、産業発展の役に立つか否か。「経営者仲間からは、『また田尻さんの綺麗ごとが始まった』と揶揄されますが、私も『そうやそうや』と頷いています(笑)」。その綺麗ごとを結果として実績に変えてきた証こそが、右肩上がりのグラフなのだ。「私は、自分が小林啓次郎氏の息子のつもりで会社を運営しているんです。天国の小林さんから『私に君のような息子は居ないぞ』と怒られるかもしれませんが」と笑う。
毎月第三金曜の夕暮れ。ダイヘンでは、会長や社長をはじめ役員たちがエプロンをかけてビールやウイスキーを振る舞う「3金Pub」を開く。「肩書きを外し、会社の目的を確かめ合い、会社の将来を何でも自由にオープンに語り合う会です。1杯50円を払ってもらうのですが、その方が気楽でしょう(笑)」。
肩の力を抜いたひとときのなかで、参加者は思い思いにグラスを傾けながら、経営の原点や未来の方向性を語り合う。ビールの泡が弾ける瞬間は、創業から受け継がれてきた「みんなの幸せ」を象徴しているようだ。
「二人の志をこれからも受け継ぐのが、106年目の新たな誓いです」。田尻会長は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「3金や!」交わすグラスに弾けたるファウンダーの熱きパーパス









【プロフィル】歌人 高田ほのか 大阪出身、在住 短歌教室ひつじ主宰。関西学院大学文学部卒。未来短歌会所属 テレビ大阪放送審議会委員。「さかい利晶の杜」に与謝野晶子のことを詠んだ短歌パネル展示。小学生のころ少女マンガのモノローグに惹かれ、短歌の創作を開始。短歌の世界をわかりやすく楽しく伝えることをモットーに、短歌教室、講演、執筆活動を行う。著書に『ライナスの毛布』(書肆侃侃房)、『ライナスの毛布』増補新装版(書肆侃侃房)、『100首の短歌で発見!天神橋筋の店 ええとこここやで』、『基礎からわかるはじめての短歌』(メイツ出版) 。連載「ゆらぐあなたと私のための短歌」(大塚製薬「エクエル(EQUELLE)」)
