基軸通貨である米ドルの地位が揺らいでいる。特にロシアのウクライナ侵攻でバイデン政権が「ドルを武器化」した経済制裁を行ったことを機に、ドル依存の危険性に世界が気づきはじめた。
このほど、ブラジルと中国が米ドルを外した取引協定を締結したほか、ドル覇権を支える石油取引にサウジアラビアが人民元決済を示唆するなど、ここへ来て脱ドルの動きは世界中に拡大している。
来年の大統領選を目指すトランプ前大統領は「我々の通貨は暴落し、間もなく世界基準でなくなる」と現政権を批判。あのイーロン・マスクも「脱ドル化」のツイートをするなど、国際取引でのドル・石油本位制が揺らいでいる。米国は半世紀以上にわたって、圧倒的な軍事力と米ドルを武器に世界を牛耳ってきたが、その世界秩序が今、潮目を迎えている。
ただ、日本に住む読者にとっては、円安・ドル高とか国際貿易の外貨準備高とか言われてもピンと来ないことだろう。そもそも基軸通貨のドルの正体とは何なのか、米国はドル支配によって何を得ているのか、そして世界は今、どこへ向かっているのか、などについて分かりやすく解説してみたい。
人民元が基軸通貨になれないわけ 米国パワーの源はドルの石油支配
なぜドル・石油本位制か?
1970年代に世界の石油取引にドル決済で固定したことから、貿易はドル本位制へと移行。基軸通貨のドル覇権がすでに半世紀以上続いている。
実際の商取引はドルでやりとりしているのではなく、各国の中央銀行が基軸通貨であるドルを「外貨準備額」として保有し、貿易の決済をバックアップしている。
ドルは外貨準備で約20年間、世界の約70%を占めていたが、ロシアのウクライナ侵攻後には60%弱に低下。本来〝有事のド ル〟と言われ戦争などに強いとされたのに、減ってきたことをトランプ前大統領は「米国の衰退」と糾弾している。
ドル=米国の大原則に気付く
国際準備通貨は米ドルだけに限らないが、一定の条件が求められる。①世界経済に与える規模が大きい政治力②通貨価値が安定した金融市場を持つ③自由流通できる信用性④軍事力を軸とした国の安全保障力 欧州のユーロは通貨として強くても、各国の思惑はバラバラで金融政策が不安。円の日本は経済が低成長で軍事力も弱い。英国のポンドはEUを離脱して後、依然低成長が続く。人民元の中国、ルーブルのロシアは専制主義国家が関与しているという危険性がリスクだ。
米国の最大の強みは、1日数兆ドルの金融取引を行える決済システムと、流動性の高い米国債市場にある。米経済自体は世界の25%ほどしかないのに、各国の米ドルの外貨準備は60%を維持している。ちなみに2位はユーロで20%強、日本円と英ポンドで5%程度。
この米ドルが基軸通貨であり続けられる理由は、石油決済を独占しているからだ。すべての国際取引はSWIFT(国際銀行間通信協会)と呼ばれる送金システムで行われており、仮に円対ユーロの取引であっても、必ずドルを経由して両替するシステムになっている。つまり、国際貿易における支払いは必ずドルになるということだ。この仕組みによって、ドルを好きなだけ刷れる唯一の国である米国が世界経済を牛耳ってきたのである。
かつてイラクのサダム・フセイン大統領が、中東産油国に石油のドル建て制をやめるよう画策したことがあった。その動きを見た米国は「イラクが大量破壊兵器を隠匿している」とでっち上げ、イラク戦争を起こし、フセインを殺害した。この出来事は、結果的に他の産油国のドル離れを牽制するのに役立った。
ロシアへの経済制裁で弱まるドル
ウクライナ侵攻以降、ロシアは自国の石油や天然ガス、小麦などを非友好国に売るのにドル決済を止め、ルーブルで支払うように要求。さらに米の盟友サウジアラビアは、中国の仲介で米の宿敵イランと国交回復。サウジ原油の25%を占める中国が人民元で買い付けられるようになった。ロシアへの経済制裁以降、世界でドル離れが加速している。
もともとは、西側諸国のドルを武器にした経済制裁がこの結果を招いてしまった。ロシアがG7(日・米・英・加・仏・独・伊)の中央銀行に預けていた計3000億ドル(39兆円)を、ウクライナ侵攻のペナルティーとして凍結し、引き出しを拒否したからだ。ウクライナ復興基金として勝手に転用しようとしたことから、ロシアはもちろん中国や中東、アジアの国々が「外貨準備がドルだけだと、政策的に逆手を取られかねない」というリスクに気付いて対策し始めた結果だ。
したたかな米の粘り腰
ウクライナ侵攻で、米欧日の西側諸国は直接参戦できないから、まどろっこしくても間接軍事支援と経済制裁しか打つ手がない。ロシアを追い込み過ぎて核兵器のリスクが増せばEUユーロは一気に不安定になる。米国は「世界の警察」と言いながら、要は軍事力で世界を抑えつけてきたが、そろそろ終焉(しゅうえん)は近づいている。
ゴールド金の本位制に戻れば、米国債発行による借金は同国の金保有量ですでにカバーできない規模だし、米国が毎年垂れ流す年間1兆ドル(日本の年間国家予算額を超える150兆円)の貿易赤字も到底維持できない。つまりトランプ流の保護主義は結果的に自国の首を絞める事になるのだ。
米国は今後の政権選択で▽経済と軍事でドル覇権を維持する▽相対的に優位を維持しながら、中ロとの共存も含めた多極主義を認める、のどちらかを選ばざるを得ない。
ただし米国とドルは急には衰えない。第一に食料とエネルギーが自給できること。次いで地政学的にユーラシア大陸と先進国で唯一離れた場所にあり、世界最大の軍事大国であること。さらに先進国共通の少子高齢化に対し、安定的に南米からの移民が見込めるので悪影響が少ない。最後に純粋に貧富の差を認める資本主義国で民主政治が根付いていること。〝米国恐るべし〟なのだ。
急速に脱ドルの反米勢
先ほどの理屈を引用すると、石油・天然ガスのエネルギー資源と小麦などの穀物資源が豊富にあるロシアには、経済制裁は効かない。したたかなプーチン大統領が非友好国に資源を売り渡す時、ルーブル建てを要求すると、ウクライナ侵攻によるルーブル下落は一気に解消した。
一方の人民元は、中国の一帯一路政策によるアジア・アフリカを中心とした新興国支援で各国の外貨保有率を引き上げている。中国は経済成長が見込めるが、自由経済圏ではないから人民元の信用は相変わらず低い。政府が市場に対して何をしでかすか分からないからだ。中国の実業家が規制をかいくぐり、資産を国外に持ち出そうと仮想通貨(暗号資産)などに走るのは、政府の理不尽な振る舞いを恐れているからだ。政府もこの矛盾が分かっているから、ゴールド金の準備額を急ピッチで積み上げ、逆に米国債を売る対策に出ている。
G7対中ロの覇権争いを横目に、したたかな中東産油国は石油を人民元やインドルピー、ロシアルーブルでも取引して、米ドルに頼らない経済圏を構築し始めた。
実質、金本位へ戻る世界
今世紀初めには「世界はもっと早くドル支配から脱する」という見方が有力だったが、米国の圧倒的な力に対抗できる手段は容易に見いだせなかった。ウクライナ侵攻で世界が混沌とし、各国は次の盟主をまだ図りかねている。ドルの信用が低下しても、他の通貨はもっと信用が低いから、国際的に安全なゴールド金が買われて史上最高値となっている。実質、世界は金本位へ戻っており、この傾向はまだ当分続くだろう。